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◇ひねくれおやじのサブカル談議◆

管理人は基本的に映画が好きです。辛口のコメントも含めて、アニメや映画について語ってみました。。。
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12.18.04:17

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05.09.13:31

日本でアニメの原点は全てここにあり!デツね。。。

imagesCAKY3T95.jpg日本は何故漫画大国になのか?
日本はなぜアニメ大国になりえたのか?

・・・そんな質問が良く発せられることがあります。そしてそんな疑問に明確に回答などあるのか?と言う疑問が頭を擡げます。

漫画評論家とか文化人類学者などの肩書きを持った連中が良く回答をしているのも見掛けます。それ、日本人の気質にその原点がる、とか、日本は長らく戦争をしなくて平和だったから、とか、日本人は細かい作業が得意だったから・・・とかね。

よくもまぁ偉そうな肩書き付けてて的外れな事が言えるなぁ、と感心する程に笑っちゃいます。背景や土壌としてそういった環境はあったかも知れへんけど、それは欧米でもある土壌だし全く理由として挙げるのはナンセンス。例えば、ディズニーランドって会社なんで出来たの?って質問にアメリカ人の気質に会ってたから・・などと答えたら確実に落第ですね。・・・そんなんウオルトディズニーって人が居たからに決まってジャン!

まぁ、少し脱線しましたけど、結局何故日本で漫画文化が花開いたかって言うと、大まかに言うと二つの偶然があったからなのです。これは断言出来る。

まず最初に言えることは、日本に手塚治虫と言う強力な個性が存在していたこと。逆にに言えば、手塚が居なければ日本で漫画がこれだけ華やかにならなかっただろうし、言わんやアニメは未だアメリカ中心だったでしょうねぇ。手塚が虫プロを作らなければ確実にそうなっていた筈です。そしてこれは世間でも良く言われている事なので何方でもご存知だと思います。

そして、もう一つの理由とは?・・・それはアメコミの自滅と言う理由があります。1960年代は漫画の中心は完全にアメリカでした。所謂アメコミと言う奴ですね。しかしながら、彼はコミックコードと言う自戒的な制度を引いてしまいました。

漫画と言うのは当然ながら表現方法の一つです。しかしながら、そこに制約を設ければ当然内容は詰まらない物になり読者は離れ、文化は滅んでしまいます。アメリカは暴力表現やエロティックな表現を過剰に規制して文化そのものを自ら潰してしまたんですね。例えればシロアリを退治する為にに家そのもの燃やしてしまう様な愚行を行ってしまった訳です。まさしく漫画版のレッドパージでした。。。つまり、そこの日本漫画の付け入る隙が出来てしまった・・・と言う訳です。

文化と言うのは一方的に消費するだけでは必ず滅んでしまいます。そして、漫画やアニメと言うのは日本が誇るべき文化です。ですから、やはり楽しむだけでは日本でもやがてアメリカの様な悲劇を生みかねません。アメリカでの事件は国民の表現弾圧に対する無関心から起こった人災だったのです。

そして、いま、日本でも同じ様な愚行が繰り返されようとしています。それは一部の悪徳政治家が明らかに漫画文化抹殺を意図して政治的に弾圧を加えて来ているのです。そこに民意はありません。漫画を敵視する独善のみが存在するのです。国民が政治に無関心であればあるほど奴らは増徴します。

こういう悪徳政治家の代表は老害石原がその筆頭に挙げられますが、この老害は先日まんが弾圧条例を青少年健全育成と言う隠れ蓑を使って強行採決しました。しかし奴の脳内では明らかに活字離れは漫画のせいだと昔から漫画を敵視しています。漫画が衰退すれば国民が小説を読むようになると、低脳丸出しの思考回路で行動しているのです。そしてやがては民主政治の否定と翼賛右翼政権の復活を画策しています。キチガイではあるのですが、それが知事なんぞやっているから結構たちが悪い。

でも、国民がちゃんと政治に感心を持って、悪徳政治家の行動を監視すれば奴らの動きは阻止出来ます。いままでは漫画を消費して楽しむだけだったかもしれませんが、今後はその文化を守る視線を持って接する必要が出て来ました。

特に若い方々、ネット世代は積極的動く必要があるんです。年配の人間は老害に毒されている人も多いですから!・・・・・・・・・現実をもっと直視しましょう!

政治には無関心で居られるかもしれませんが無関係ではいられないのです。

さもなければ、あした見るアニメも無くなってしまいますよ!

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04.13.00:16

北野映画はホントウに優れているのか!?

51FQN1ZS7DL.jpg例えば映画の評価家が一人居たとして、その人間が本音を隠し、スポンサーを気にし、しがらみを気にし、視線を気にして映画を批評していたとすれば、ソレは本当の評論とは言えまい。そして、それを読んでる読者はそんな文章には面白さを感じないと思う。。。
で、結局それは回り回って評論家にも響き仕事が来なくなると言う悪循環に陥るわけね。

無難に仕事をこなすとその場では良いかもしれんが、行く行くは損をする結果にもなりかねない訳であります。多少は周囲を気にしてもやっぱり本音を書かないと、それはなんの面白みの無い文章にしかならない。トゲある薔薇は蜜の味なのかも。。。。

ビ-トたけしは監督をする時は本名の北野を名乗っています。世界的にも彼の映画はキタノ映画ってブランドで通っていますよね。そして、その演出法をキタノブルーとかって言い方で絶賛もされています。

確かに色合いもいいし、独特の世界観があるとは思います。ただそれを一つの作品として見た時に単純に面白い作品として捉えることが出来るのであろうか?ねぇ、、、、パーツパーツを切り取って見て、あのシーンは良いとか、あの演出は面白いとかは言えるかもしらんが、全体的にバランスとして纏まっているんかしらん???
とか大いに疑問を持つわけであります。

見終わった後、ああ面白かった・・・とか、あるいは映画の影響を受けてイカリ肩で出て来る・・・とか。。。ないんですよねぇキタノ映画って、そういうモンが。

なんか思うんですよ。ビートたけしの映画だから、外国での評価が高いから、けなしてしちゃいけないんだろう、disっちゃ行けないだろうみたいな雰囲気があるんんじゃないかって!!ビートたけしの威厳とかオーラに遠慮したりビビったりしてる空気があるんじゃないかって!!まぁ・・・思う訳であります。

でも、残念ながら、国内でキタノ映画は興行的にはほとんど当たった試しが無いし、営業的に当たるのがイイ映画では無いけれども、でもちょっと国内ではコテンパン過ぎると思う。これだけヒットが無いってことはやはりキタノ映画の一つのスペックとして見るべきであろう。無視はすべきではない。。。

キタノの映画は結構、長回しって多いよね。それは演出として特徴的にある。恐らくビートたけし自身、自分のユニークさを出す為に意図してやってるんだろうけども、見る側が間延びする危険ある。映画にダラダラ感も発生し易く諸刃の剣みたいな部分もあるよね。

でもこれを母国語の字幕で外人が見たらどうだろう・・・・?

意外といい間で見えるかも知れない。日本語で日本人が見ると間延びする部分も言葉が判らず、外人が自分の国の字幕で見ると丁度良いリズムになってるのかもしれん。。。

キタノ映画が駄作ばかりとは思わないけれども、無批判に褒める風潮は非常に下らないと思うよ。。。
いいものはイイ!ダメなものは駄目!

・・・・・・・・これが基本っしょ!!

ほなな~♪

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04.04.12:08

ぽぽぽぽ~ん♪に秘めた思い・・・

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震災被災者の方に於かれましてはお見舞いを申し上げます。
そして、暫くはTVのCMにおいても放映の自粛が相次ぎました。その穴埋めに放送されたのがACの宣伝映像。当然ながらそれはヘビロテとなって、ぽぽぽぽ~ん♪の言葉が視聴者の耳にこびり付く結果となってしまいました。

ぽぽぽぽ~ん♪って流行語大賞でも取りそうな勢いでネット中を駆け巡っているけれども、この元ネタは「あいさつ魔法」っていうACジャパンの全国キャンペ-ンとして、小学校低学年までの子供向けの挨拶励行の啓発を目的に制作された去年からのものです。

音楽とアニメーションに合わせ、一般的に使われる挨拶用語に続いて、動物とかけあわせたユニークな挨拶用語、そして友達が増えていく様子を歌詞にしていおり、テレビ用は15秒・30秒・60秒の3バージョン、ラジオ用は20秒・40秒の2バージョンが存在します。時間が長くなるにつれ、登場キャラクターの動物が増えていき、また、新聞や雑誌に掲載される広告も存在しているようです。

本CMに対する評価としては、被災時のCMとして内容がそぐわないことに苦情を入れる者もいる一方、インターネット上では「不安をかき立てられるニュースの合間に、ほっと癒やされる」と好印象を持つ視聴者も多いという事ですが、ある一定の癒しとして人々こころに届いてる面は少なからずあったと思います。

いまでは、ぽぽぽぽ~ん♪だけが本来の目的から離れて一人歩きし、色んなバージョンやパロディ、MADなどが存在しますが、これは決して不謹慎な事ではなく、文化の発露だと捉えるべきですね。震災被災者の為に何でもかんでも不謹慎、はたまた自粛しろ!・・・と声を荒げる連中がいますが、謹慎厨である彼らの態度にこそ大いに疑問を感じます。

これは乙武さんもツイッターでそう呟いていたそうですが、過剰な自粛ムードは景気の停滞しか招きませんし、それは結局、回り回って被災者の方々を余計苦しめてしまいます。こういう時こそ、ぽぽぽぽ~ん♪って明るく笑って前向きに突き進むエネルギーが大事ですよね。

こんにちは(こんにちワン)
ありがとう(ありがとウサギ)
こんばんは(こんばんワニ)
さようなら(さよなライオン)
まほうのことばでたのしいなかまがポポポポ~ン ♪

そして、これと共に注目して欲しいのが、「遊ぼう」っていうと「遊ぼう」っていう。の言い回しから始まる『こだまでしょうか』・・・・たった一言で相手を傷つけることもできれば、笑顔にすることもできる。接し方しだいで相手の態度も変わる。言葉は人から人へとこだまするという内容ですがこれも反響は凄い様です。

「『遊ぼう』っていうと『遊ぼう』っていう。
『ばか』っていうと『ばか』っていう。
『もう遊ばない』っていうと『遊ばない』っていう。
そうして、あとでさみしくなって、
『ごめんね』っていうと『ごめんね』っていう。
こだまでしょうか、いいえ、だれでも・・・」
 
これは明治生まれの詩人、金子みすゞの作品ですが、最近では教科書でも取り上げられる人物でもありますので、知ってる人も多いかも。
こういうみずみずしい口語体を明治時代に書いたのは結構驚くべき事ですね。

金子みすゞは1903(明治36)年4月に生まれ最初、西條八十にその才能を認められて若き童謡詩人たちの憧れの星となるんですが、23歳で結婚し、一人娘をもうけその後、夫から詩作を禁じられ、辛い生活ののち離婚。娘を引き離そうとする夫に抗い、1930(昭和5)年3月10日、26歳で短い生涯を終えたという薄倖の詩人なんですけど、没後何十年も経って児童文学者の矢崎節夫らの努力で遺稿集が発掘され、1984年に出版されるや、瞬く間に有名になった人物です。

彼女の詩はかつて、関東大震災において、その被災者に癒しと勇気を与えたとして歴史的に評価されているんですが、また今回、この様な形で日本人のこころ訴えかけることになろうとは誰が想像したでしょう?

彼女の詩の何気ない言い回しや口語的表現はCM通じて私達に大きな愛を訴えかけてきている様でもあります。

私達が出来る事は、決して自粛ムードを煽ることではなく、それぞれの等身大の精一杯で充分だと思いませんか?それは消費であったり、イベントであったり、ボランティアであったり、寄付行為であったり、何でもいいと思うんですよ。

今出来る範囲で構わないから、等身大の精一杯。
何も重く考える必要はありませんよね。

 http://sites.google.com/site/quake20110311jp/bokin

ほなな~♪

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